日本初産出のイッカク科化石に関する論文発表について
北海道羽幌町で発見されたハクジラ化石(以下、「羽幌標本」と表記)が、日本でこれまで発見されたことのないイッカク科に属するハクジラの化石であることが確認されました。英国古生物協会の学術誌「Papers in Palaeontology」において論文が12月7日にオンライン公開されました。
標本の概要
羽幌標本は1977年に羽幌川河床で地元の高校生によって発見・発掘されました。発見場所一帯に分布する地層は遠別層で、位置と岩相から上部層と判断できました。約400万年前と推定されます。発見後しばらくは高校に放置されていたところ、関係者から北海道教育大学札幌校の木村方一教授(当時)に情報が寄せられ、大学に標本が移されました。木村教授の指導のもと、学生によるクリーニングと卒業研究(共同著者の橘氏による)が行われました。その後しばらくは手がつけられず、標本は札幌博物館活動センターに移管され(標本番号SMAC1390)、2015年秋から一島が当該標本の研究を再開することとなりました。保存部位は頭蓋(一部破損)、下顎骨(一部破損)、耳骨、前肢の一部、いくつかの椎骨から成っています。骨学的特徴から本標本は幼体で、体長2m強と思われます。
学術上の意義
イッカク科は現在北極圏に生息するハクジラで、現生する仲間にはイッカクとシロイルカがいます。化石が極端に少ないため、イッカク科はその進化について不明な点が多い仲間です。更新世より古い時代から見つかっている化石で分類に適した部位が見つかっているのは、バハカリフォルニア(メキシコ)、バージニア州(アメリカ合衆国)、ベルギーの3箇所からの3つのみで、学名がついているのは前2者の2標本だけでした。そのため、一つでも新たに標本が見つかることはイッカク科の進化の様子を知る上で重要で、そのような状況の中、羽幌標本は保存部位も多く状態も良好で、詳しい研究が可能でした。学名はHaborodelphis japonicus。和名は「ハボロムカシイルカ」。イッカクのような牙はありません。これまで発見されている化石のイッカク科のどれにも牙がないことから、祖先種には牙がないのが普通で、むしろイッカクの牙が特殊で進化的に新しい特徴と思われます。
これまで化石が低緯度地域から発見されていることや生息時代当時が現在と比べて海洋が温暖であったと考えられていることから、イッカク科の祖先種は現在のように寒冷域に適応していたのではなく、より温暖な海に生息する動物だと考えられてきました。しかし、この度の羽幌標本をきっかけに、これまでの世界各地の化石発見地とその周辺の古海洋環境を再検討したところ、必ずしもその地域が暖かい海だったと言い切ることはできないことがわかりました。そのことからイッカク科の祖先はもともと冷水域を好む種で、続く更新世の氷期の間に寒冷な北極圏に適応した可能性があることを論じました。このように、日本における化石の研究が、イッカク科の進化に対してより大きな視野を提供できたことは、学術上大きな意義があると思われます。
以下に学術的意義をまとめます:
- イッカク科の化石としては日本初の発見
- 新属新種Haborodelphis japonicus(ハボロデルフィス・ヤポニクス)
- 学名がついたイッカク科化石としては世界で3例目
- イッカク科の祖先種の生態推定と進化に対して新たな仮説を提唱
論文掲載
- 表題
- First monodontid cetacean (Odontoceti, Delphinoidea) from the Early Pliocene of the north-western Pacific Ocean (北西太平洋で初めて見つかった前期鮮新世のイッカク科の化石)
- 著者
- 一島啓人 (福井県立恐竜博物館総括研究員)
古沢 仁 (札幌市博物館活動センター 学芸担当係長)
橘 麻紀乃(大阪自然史センター)
木村方一 (北海道教育大学名誉教授) - 雑誌
- Papers in Palaeontology
- 出版日
- 2018年12月7日からオンライン公開(https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/spp2.1244)
標本画像
図1.発見された場所 羽幌川河床 地層は遠別層
図2.頭骨背側
図3.頭の骨をもとにコンピュータで作成したハボロムカシイルカの復元図
(画像提供:足寄動物化石博物館、復元画制作:新村
龍也 氏)