現代によみがえった!恐竜時代の貝の色合い -世界最古・日本初となる淡水生二枚貝化石の模様とその特徴-

2022年7月19日

今年で33年目を迎える福井県恐竜化石発掘調査では、毎年数多くの貝化石が見つかっており、川や湖などの淡水(真水)に生息していたと考えられています。この度、2020年から始まった恐竜博物館貝化石研究グループの調査により、勝山市北谷町の恐竜発掘現場から見つかった3種の貝化石に生きていた当時の色彩模様が保存されていることが判明しました。このように、淡水生二枚貝化石に模様が保存されている例は世界的にも極めて珍しく、今回の報告は世界最古日本初、化石記録として世界2例目の事例になりました。また、化石の色彩模様は現在生きている淡水二枚貝類の模様とほぼ同じであることから、捕食者から身を守るためのカモフラージュとして進化した可能性が高いことも分かりました。

論文について

タイトル
Case study of the convergent evolution in the color patterns in the freshwater bivalves
[和訳:淡水二枚貝類の模様にみられる収斂進化の事例]
著者(連名順)
安里あさと 開士かいと(福井県立恐竜博物館 主事)[筆頭著者]
中山なかやま 健太朗けんたろう(福井県立恐竜博物館 研究員)
今井いまい 拓哉たくや(福井県立大学恐竜学研究所 助教/福井県立恐竜博物館 研究員)
掲載雑誌
「Scientific Reports」https://www.nature.com/srep/
サイエンティフィック・リポーツ:ネイチャー・リサーチ社刊行のオンライン・オープンアクセスの学術雑誌で、ネイチャー誌の姉妹誌。自然科学のすべての分野を網羅しており、2017年に世界最大の学術雑誌となっています。
掲載日
2022年7月13日 18時発行(オンライン)

模様が保存された二枚貝化石:北谷淡水二枚貝化石

  1. 学名
    Trigonioides tetoriensis
    カタカナ表記
    トリゴニオイデス・テトリエンシス
    標本数
    6
    標本の平均サイズ
    30〜50㎜
    模様の特徴
    模様は1種類―成長線(殻の付加成長に合わせて同心円状にみられる線状の彫刻)に沿った、幅1〜5㎜の同心円状の黒色帯。

    トリゴニオイデス・テトリエンシス

    トリゴニオイデス・テトリエンシス(左:化石の写真、中央:模様の模式図、右:色彩模様イメージ図 大西陽子作)

  2. 学名
    Plicatounio naktongensis
    カタカナ表記
    プリカトウニオ・ナクトンゲンシス
    標本数
    6
    標本の平均サイズ
    60〜100㎜
    模様の特徴
    模様は2種類―成長線に沿って3〜5㎜の間隔で見られる幅1〜3㎜の同心円状の黒色帯と、幅2〜3㎜で殻頂から放射状に並んだ黒色帯状斑紋。

    プリカトウニオ・ナクトンゲンシス

    プリカトウニオ・ナクトンゲンシス(左:化石の写真、中央:模様の模式図、右:色彩模様イメージ図 大西陽子作)

  3. 学名
    Matsumotoina matsumotoi
    カタカナ表記
    マツモトイナ・マツモトイ
    標本数
    5
    標本の平均サイズ
    50〜80㎜
    模様の特徴
    模様は2種類―成長線に沿って3〜5㎜の間隔でみられる幅1〜3㎜の同心円状の黒色帯と、殻頂から放射状にのび殻後方部(殻表面にひだがある部分)ほど発達している幅2〜3㎜の黒色帯。

    マツモトイナ・マツモトイ

    マツモトイナ・マツモトイ(左:化石の写真、中央:模様の模式図、右:色彩模様イメージ図 大西陽子作)

比較に用いた現生二枚貝類

化石の模様の特徴を調べるために、現在川や湖に生息している淡水二枚貝類の模様も観察しました。淡水二枚貝類の殻は、淡水環境下での殻の溶解を防ぐために黒い殻皮で覆われていることが多いため、殻表面の模様を見るためには工夫が必要でした。そこで、ライトボード(画像トレースなどに使用される台)に殻を置き、光を透過させることで模様の識別を行いました。比較に用いた代表的な種類は、以下の5種になります。

  1. 学名
    Nodularia douglasiae
    和名表記
    イシガイ
    標本数
    9
    標本の平均サイズ
    60〜100㎜
    模様の特徴
    模様は2種類―成長線に沿う幅2〜3㎜の同心円状模様と、極めて繊細な放射状模様。同心円状の模様は茶―赤茶色と緑―緑褐色、放射状模様は緑―緑褐色で、茶―黄土色の殻色の上にみられる。

    イシガイ(左:左殻、右:右殻)

    イシガイ(左:左殻、右:右殻)

  2. 学名
    Sinanodonta calipygos
    和名表記
    マルドブガイ
    標本数
    3
    標本の平均サイズ
    80〜100㎜
    模様の特徴
    模様は2種類―成長線に沿う幅1〜5㎜の同心円状模様と、極めて繊細な放射状模様。色はこげ茶―暗緑色で、黄土―淡黄色の殻色の上にみられる。

    マルドブガイ(左:左殻、右:右殻)

    マルドブガイ(左:左殻、右:右殻)

  3. 学名
    Cristaria plicata
    和名表記
    カラスガイ
    標本数
    5
    標本の平均サイズ
    150〜250㎜
    模様の特徴
    模様は2種類―成長線に沿う幅2〜3㎜の同心円状模様と、極めて繊細な放射状模様。同心円状の模様は茶―赤茶色とこげ茶―暗緑色、放射状模様は緑―暗緑色で、茶―こげ茶色の殻色の上にみられる。

    カラスガイ(上段:幼貝、下段:成貝、左:左殻、右:右殻)

    カラスガイ(上段:幼貝、下段:成貝、左:左殻、右:右殻)

  4. 学名
    Obovalis omiensis
    和名表記
    カタハガイ
    標本数
    2
    標本の平均サイズ
    80〜100㎜
    模様の特徴
    模様は2種類―成長線に沿う幅1〜3㎜の同心円状模様と放射状点線模様。同心円状の模様は茶―赤茶色、放射状模様は緑―暗緑色で、茶―こげ茶色の殻色の上にみられる。

    カタハガイ(左:左殻、右:右殻)

    カタハガイ(左:左殻、右:右殻)

発見の経緯

北谷恐竜発掘現場は元々、二枚貝化石トリゴニオイデスの産地として有名な場所でした。そのため発掘が始まって以降、多くの二枚貝化石が発見・収集されてきました。しかし、化石の表面が極めて薄い泥岩層に覆われているため、従来のエアスクライバーを用いた化石の剖出作業(化石のクリーニング)では表面の泥層を取り除くことができず、研究が進んでおりませんでした。この薄い泥層を除去するため、研究グループは従来のクリーニング手法とともにサンドブラスターと呼ばれる工業用機材を新たに導入しました。その結果、化石表面にこびりついた薄い泥層を少しずつ削り取ることができ、本来の化石表面を観察することができました。このことが、世界最古の淡水二枚貝化石の模様発見につながりました。

産地情報

産地
恐竜化石発掘現場〈勝山市北谷町〉
時代
前期白亜紀(約1億2000万年前)
地層
手取層群北谷層

学術上の意義

  1. これまで淡水二枚貝化石に保存された模様は、ボスニアヘルツェゴビナの新第三紀中新世(約1500万年前)の地層から発見された1報告のみであったため、今回の発見で最古の記録が1億年以上も遡ることになり、世界2例目、日本初の化石記録となりました。
  2. 北谷産の淡水二枚貝化石に保存されていた模様を現生の淡水二枚貝類のものと比較したところ、両者はほぼ同じ特徴であることが判明しました。このことは、淡水二枚貝類の模様が前期白亜紀に少なくとも1回、収斂進化をしていたことを示唆しています。淡水二枚貝類の模様に着目し、その進化を議論している研究は、史上初の事例になります。
  3. 現生の淡水二枚貝類は、甲殻類、魚類、鳥類、爬虫類、哺乳類に捕食されており、貝殻の色と模様が生息環境へのカモフラージュに貢献していると考えられています。北谷淡水二枚貝化石の模様が現生の模様とほぼ変わらない特徴であったことから、淡水二枚貝類は前期白亜紀から現在と変わらない捕食圧があったと推測されました。つまり、北谷淡水二枚貝化石は、何者かに捕食されていた可能性があるということです。捕食者候補は、先行研究を考慮すると、甲殻類、魚類、鳥類、爬虫類のほかに、一部の恐竜類(ハドロサウルス類、プシッタコサウルス類、オビラプトロサウルス類)も含まれていると考えられます。川や湖に生息していた貝化石の模様に着目し、恐竜時代の捕食圧を議論している研究は、本研究が初になります。

恐竜王国ふくいの化石二枚貝たち―水辺に広がる貝の楽園-

本研究の成果に基づいて、北谷淡水二枚貝化石の生きていた当時の様子を復元したイメージ図を製作しました。この図は、元となる化石写真の模様に、現生種の色を重ね合わせて着色しております。右奥には、北谷淡水二枚貝化石を捕食していた可能性のある大型鳥脚類が顔をのぞかせています。

北谷淡水二枚貝化石の生きていた当時の河床イメージ図。大西陽子作

北谷淡水二枚貝化石の生きていた当時の河床イメージ図。大西陽子作

補足説明

  1. 二枚貝類とその模様
    アサリやハマグリなど、二枚の殻をもつ軟体動物は二枚貝類と呼ばれ、現在およそ1万種が知られています。すべての種は炭酸カルシウムの殻を持っているため、化石として保存されやすい生物です。殻には多様な模様が見られ、時として化石にも保存されます。最古の二枚貝の模様はデボン紀(4億1600万年前〜3億3600万年前)までさかのぼり、模様の化石記録のほとんどが海生種です。模様の役割については諸説ありますが、生息環境に対するカモフラージュとして機能していると考えられています。
  2. 淡水二枚貝類について
    二枚貝類は海をはじめ、河口などの汽水域(真水と海水が混ざった薄い海水のあるところ)、川や湖などの淡水(真水)域と、水辺なら基本的に生息しており、その中で淡水二枚貝類は1000種ほど知られています。最古の淡水二枚貝類は前期三畳紀(およそ2億5000万年前)から報告されています。その模様はこれまで、新第三紀中新世(約1500万年前)が最古の記録であり、唯一の報告事例でした。海生種と比べて淡水種の化石記録が少ない原因として、淡水の環境下では炭酸カルシウム(殻の主成分)の溶解が進行してしまい殻が壊れやすくなるため、そもそも化石になりにくく、淡水種の化石記録自体が少ないことが考えられます。
  3. 化石クリーニングとサンドブラスター
    化石を研究する場合、まず行う作業として化石のクリーニング(石の中から化石を剖出する作業)があります。よく用いられる道具は、空気圧を利用して先端を振動させ石を削るエアスクライバーというもので、細かな振動を利用して石から化石を分離させることに役立ちます。しかし、薄く膜状に固着した砂泥を取り除く場合、分離させようと振動を与えると化石そのものに傷がついてしまい上手く剥がせませんでした。今回の研究で用いたサンドブラスターという道具は、空気とともに様々な種類の砂粒を吹き付けることで表面の錆や汚れを徐々に取り除くものであったため、貝化石表面の薄い被膜状に固着した砂泥を取り除くのに適していたと考えられます。
  4. 動物の収斂しゅうれん進化
    収斂進化とは、異なるグループの生物が、似たような生息環境や食性であるときに、系統にかかわらず類似した特徴をそれぞれ獲得する現象のことです。身近な例としては、昆虫の翅と鳥やコウモリの翼が挙げられます。

福井県立恐竜博物館
所在地:
〒911-8601 
福井県勝山市村岡町寺尾51-11
かつやま恐竜の森内
TEL:0779-88-0001(代表)
TEL:0779-88-0892(団体受付)

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