九州初産出の恐竜時代の昆虫化石について
概要
熊本県上天草市および長崎県長崎市(図1)から、恐竜時代(中生代)の昆虫化石が発見され、福井県立大学恐竜学部、福井県立恐竜博物館、天草市立御所浦恐竜の島博物館、長崎市恐竜博物館およびロシア科学アカデミーによる共同研究により論文が発表されます。上天草市龍ヶ岳町椚島からは昆虫類の腹部の化石が、長崎市からは甲虫目の翅の化石がそれぞれ見つかり、その論文が日本古生物学会の国際学術誌「Paleontological Research」に掲載されます(2025年9月26日㈮オンライン掲載)。
国内の中生代の昆虫化石は、これまで九州と四国を除く20の地域から報告があり、本報告は九州では初となります。これらの化石は当時の陸上の古生態系を知るための非常に重要な資料であり、東アジアの化石昆虫類の多様性を理解するうえでも重要です。
化石について
1)昆虫類の腹部化石(図2)
- 標本番号
- AMGD-IVP4856(天草市立御所浦恐竜の島博物館の標本番号)
- 産 地
- 熊本県上天草市龍ヶ岳町椚島の姫浦層群樋の島層
- 時 代
- 中生代後期白亜紀 約8500万年前
- 大きさ
- 長さ約6.18 mm × 幅約6.18 mm
- 特 徴
- 昆虫の体は主に頭部・胸部・腹部の3つで構成されており、この化石は腹部(腹面)が主体となります(図2と4右)。化石には五つの体節が保存されており、胸部と腹部の境界部である後脚の基節(図2右の赤線部)から、腹部の末端部(図2右の矢印)まで確認でき、ややずんぐりとした形をしています。このような特徴から昆虫の腹部と考えられ、なかでも甲虫目やカメムシ目の腹部に似ています。胸部と腹部の境界部の構造からおそらく甲虫目に属する可能性がありますが、より詳細な分類には、追加標本の発見を待つこととなります。
2)甲虫目の翅化石(図3)
- 標本番号
- NCDM-BENC101968(長崎市恐竜博物館の標本番号)
- 産 地
- 長崎県長崎市の三ツ瀬層
- 時 代
- 中生代後期白亜紀:約8000万年前
- 大きさ
- 長さ約10.92 mm × 幅約6.63 mm
- 特 徴
- 発見された化石は、胸部の外側にある左の翅(背面)です(図3と4左)。ほぼ完全な翅で、後方(図3では下方向)へ向かうに従って狭くなり、翅の先端では弱く尖ります。表面に顕著な翅脈がなく、二本の条線と彫刻が確認でき、硬化しています。また、翅の前縁にはカリナと呼ぶシャープなエッジがあります(図3中央)。このような特徴から、昆虫類のなかでも甲虫目の鞘翅(前翅)であると考えられます。
発表論文
- 学術誌名
- Paleontological Research
(和訳):パレオントロジカル・リサーチ:日本古生物学会の国際学術誌 - タイトル
- Two fossil insects from the Upper Cretaceous of Kyushu, Japan
(和訳):九州から発見された後期白亜紀の2つの昆虫化石 - 著 者
- Nozomu OYAMA, Evgeny YAN, Kazunori MIYATA, Koji HIROSE, Daisuke NAKATANI, Hirokazu YUKAWA, Hiromi KUROSU, Shota KODAIRA
(和訳)大山 望、エヴゲニ ヤン、宮田和周、廣瀬浩司、中谷大輔、湯川弘一、黒須弘美、小平将大 - 論文公表日
- 2025年9月26日㈮にオンライン掲載(日本古生物学会HP参照)
図1 昆虫化石の産出地 熊本県上天草市龍ヶ岳町椚島(左図中の赤星1)と長崎県長崎市西海岸(赤星2)
画像提供:福井県立大学恐竜学部/福井県立恐竜博物館
図2 熊本県上天草市の昆虫類の腹部化石(腹面:AMGD-IVP4856)
左:化石の画像、右:化石の線画 腹部(腹面)には五つの体節が確認できる。上部の赤の湾曲部が、胸部と腹部の境界部である後脚の基節を指し、矢印は腹部の末端部を指す。
画像提供:福井県立大学恐竜学部/福井県立恐竜博物館/天草市立御所浦恐竜の島博物館
図3 長崎県長崎市の甲虫目の翅化石(背側:NCDM-BENC101968)
左:化石の画像、中央:化石の線画、右:RTI画像 ほぼ完全な鞘翅(外側の翅:背面側)の化石で、その表面に微細な模様が確認できる(中央四角内の模様はその例)。翅の縁にはカリナ(中央の赤線の部分)がある。
画像提供:福井県立大学恐竜学部/福井県立恐竜博物館/長崎市恐竜博物館
化石の発見と研究の経緯
1) 昆虫類の腹部化石(AMGD-IVP4856:図2)
2007年(平成19年)10月に熊本県氷川町の山田良二氏が上天草市の椚島(図1)で発見し、天草市立御所浦白亜紀資料館(現在の天草市立御所浦恐竜の島博物館)に寄贈されました。その後、姫浦層群の共同調査研究を実施していた御所浦白亜紀資料館と福井県立恐竜博物館が、大山 望(本報告の論文筆頭著者:当時、九州大学大学院生)に鑑定を依頼して重要な昆虫化石と判明し、化石の発見場所の検分、周辺地域の地質と年代などについて調査を行いました。
2) 甲虫目の翅化石(NCDM-BENC101968:図3)
2017年(平成29年)5月、長崎市と福井県立恐竜博物館の共同調査で、長崎半島西岸(図1)の三ツ瀬層から昆虫と思われる化石を発見し、大山に化石鑑定を依頼しました。より詳細な特徴を観察するため、当時大山が所属していたパリ国立自然史博物館でRTI装置を使用した研究の結果、甲虫目の翅化石と判明しました。
図4 発見された化石の部位の図説
腹部の化石(AMGD-IVP4856)は右の濃いグレーに、翅化石(NCDM-BENC101968)は左の淡いグレーに相当する。図のモデルは一般的な甲虫類であり化石の復元ではないことに注意。
画像提供:福井県立大学恐竜学部/福井県立恐竜博物館
図5 日本国内の中生代昆虫化石産地 右はそれらの時代と場所、地層の詳細リスト
画像提供:福井県立大学恐竜学部/福井県立恐竜博物館
学術的意義
1) 九州初の中生代昆虫化石の報告であること
これまで国内の中生代の昆虫化石の産出は本州と北海道に限られており、九州から初めての産出となりました(図5)。九州には恐竜化石を産出する陸で形成された地層が広く知られていることから、昆虫化石の発見も長らく期待されていました。今回の研究成果は、日本の昆虫類の古生物地理的分布の空白を埋める画期的な成果と言えます。
2) 後期白亜紀の陸上生態系の解明にも役立つ
昆虫は現在の陸上生態系において分解者や花粉媒介者、被捕食者となるなど様々な役割を担っています。本研究で発見された後期白亜紀の昆虫も同様に、当時の昆虫は様々な生物との相互作用をもたらす存在であったはずです。報告の昆虫化石は、日本では化石記録の少ない後期白亜紀のもので、詳しい年代値の分かる地層(樋の島層=約8500万年前;三ツ瀬層=約8000万年前)からの発見です。そのため、化石は東アジア縁辺部の陸上生態系復元や古環境解析に役立つ基礎的データとなります。
3) 化石の保存状態を最新の観察技術(RTI)によって解析したこと
長崎市産の化石は甲虫目と考えられ、その分類学的考察ができる特徴が保存されていました。不完全な化石でも、特にRTI(Reflectance Transformation Imaging)技術を用いた観察(図3右)で、意義ある微細構造の情報が得られています。その観察に基づく詳細な画像記録もオンライン(Supplementary Online Material)で公開されており、オンラインを経由した形質情報の再現性と国際的な比較研究が可能となった点も、この研究の評価を高めています。
天草市と長崎市における化石の展示公開
下記の予定で天草市立御所浦恐竜の島博物館と、長崎市恐竜博物館でそれぞれの化石が展示公開されます。
昆虫類の腹部の化石(AMGD-IVP4856)
- 展示場所
- 天草市立御所浦恐竜の島博物館
- 期 間
- 2025年9月27日㈯~12月7日㈰
甲虫目の翅の化石(NCDM-BENC101968)
- 展示場所
- 長崎市恐竜博物館
- 期 間
- 2025年9月27日㈯~12月7日㈰
※上記2点の化石を、各市での展示公開後、福井県立恐竜博物館において期間限定で展示する予定です
- 期 間
- 2025年12月13日㈯~2026年3月上旬(予定)